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会員紹介 |
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小さい頃から父の転勤で日本各地を回り、高校は愛知県の ( 元 ) 男子校で受験校の県立時習館高校に進みました。
大学受験の際「女子大なら、“女性も自分の力で生きていく”という精神を唱えた、下田先生創立の実践女子大がいいんじゃない」との母の一言で、実践の食物学科の受験を決め、入学しました。
そのあと、母から、また「折角、実践女子大に茶道部があるなら、日本女性としてお茶を習ってみたら」と勧められ、茶道部に入部しました。お茶のことは、全く知りませんでしたが、だんだん面白くなり、お茶の素晴らしい世界に惹かれていきました。
副部長も務め、在学中に常磐祭、五島美術館などで大学茶会を開いたことは、とても懐かしい思い出です。お茶の稽古は、今も続けております。 |
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就職にあたり、将来何になりたいかといろいろ考えた時「海外で働く仕事がしてみたい」と思い立ち、 JAL のキャビンアテンダント試験にチャレンジしました。でも、残念ながら最終試験でだめで・・・。
で、卒業後、大手百貨店に就職しました。そこでは、新入社員の私に子供用品の売場の企画を手掛けさせてくれまして、こちらも楽しい仕事でした。でも、海外への夢は消えず、既卒者の募集を行なっていた JAL のキャビンアテンダント試験に再度挑戦して今度は合格しました。百貨店には大変申し訳なかったのですが、半年で退職して、念願の JAL の国際線キャビンアテンダントとして再出発しました。
初フライトは香港1泊2日でした。初フライトでは、ファーストクラスにパリの有名な画家カシニョール氏が搭乗されていて、私の新人キャビンアテンダント奮闘ぶりが目についたようで「頑張りなさい」と写真集にサインをしてプレゼントしてくださいました。在社中は、 JAL が着陸する全ての世界の都市には降り立ちました。
その後、アシスタントパーサーの職を最後に、結婚を機に 5 年間勤めた JAL を退職しました。キャビンアテンダントの仕事を通し学んだ第一のことは「まず礼儀を重んじること」でした。 |
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ある日、飲食業を営む主人と渋谷 BUNKAMURA にお芝居を見に行った帰り「この辺りで、お芝居のあとゆっくり食事が出来るレストランがあるといいね」 と。で、 我々で作ろうか!」と いうことになりました。
それを主人は実現して、渋谷 BUNKAMURA 近くに“カジュアルだけど、美味しいものをだしていこう!”をコンセプトにしたイタリアレストラン「 Bistrot La Cucina 」(イタリア語で、お料理、厨房の意味)を開店しました。
結婚後は、専業主婦でしたが、時間のある時には主婦モデルの仕事をしたりしていました。でも、やはり主婦でも何か本格的な仕事に取り組みたいと思いまして、主人に頼み、お店に出させてもらうことにしました。
除 々にイタリア料理のこと、ワインのこと、またマネジメントのことを学びました。ワインに関しては、ラッキーにもイタリアワインのスペシャリストと知り合いになりまして、かなり専門的な知識を得ることができました。
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お店も 17 年経ち、いつしか、「 Cucina 」のマダムとしての仕事が定着しました。
ワインの勉強は欠かさず、できるだけイタリアに出かけて、イタリア独自の地 ぶどう品種を試し、酒屋さんでは売っていないイタリア 産お勧めワインをグラスでいろいろ召し上がれるようにしています。また、最近、イタリア地 ぶどうワインの通信販売も始めました。
やはり、経営で一番大変なことは、「人を使うこと」。アシスタントパーサー時代の経験が時に役に立っています。この仕事をしていて嬉しいことは、お出しした料理をお客様が喜んで召し上がってくださることです。イタリアは Fami ly を大切にする国。各家庭でそれぞれの味があります。「 Cucina 」 Family としての料理、味を確立するのが将来の夢ですね。
お店のテーブルクロス、ランチョンマットは私の 手作り。仕事の合間に作っております。フラワーアレンジメントも自分でやっています。他にない
「 Cucina 」の味わいを出せたらと思っています。
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実践卒業後、なかなか卒業生との交流の機会がないので、キャリアネットのような「働く」を軸とした集まりで、実践の仲間とネットワークが持てることは、とても嬉しいことです。メンバーの方々が社会に参加し、男性との関わりの中、どのように仕事に取り組んでいられるのか、キャリアネットメンバーの交流を通じてお話を聞けることをとても楽しみにしています。
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