実践キャリアネット

【会員コラム-No. 9】(キャリアネット通信2023-No. 4)

今月は、熊本の会員からのコラムです。熊本で起こっているちょっと興味深いお話です。

「TSMC日本進出」
世界的な半導体不足が続く中、世界最大の台湾の半導体企業、「TSMC」(Taiwan Semiconductor Manufacturing Companyの略称。)が、日本で初の工場を熊本県に建設されるに至ったことは、皆様ご存知のことと思います。この件について地元の動きをお伝えしたいと思います。
建設予定地の菊陽町方面に車で向かうと、何本ものクレーンが見えてきます。工場は2023年後半に完成、2024年に出荷計画の見通しで、現在急ピッチで建設されています。投資額は1兆円超。政府が最大4,760億円補助金を出資します。これは、経済産業省が半導体工場の立地支援のためにつくった6,170億円の基金の7割超を占めます。

《半導体とは》
電気をよく通す金属などの「導体」と電気をほとんど通さないゴムなどの「絶縁体」との中間の性質を持つシリコンなどの物質や材料のこと。デジタル化が進んだ近年、パソコン、スマートフォン、テレビ等電子機器にとって必須な部品となっています。

《なぜ熊本に》

製造には大量の上質な水が必要です。
生活用水に、水道水の100%を地下水で賄っています。“蛇口をひねればミネラルウォーター”。水を買うという概念がありませんでした。
県の地下水保全条例で事業者に涵養計画の提出、実施が義務付けられるなど管理が徹底されており、後世に資源を残すため節水にも努めています。

立地条件
・建設予定地の菊陽町は、阿蘇くまもと空港から車で約10分です。
・熊本県は、九州の真ん中にあり九州各県への移動が容易です。
・車で1時間ほどの八代港からは台湾に向けて国際コンテナ定期航路があり、八代港から台湾への輸出は3日で可能となっています。

安価な土地
土地の取得コストも首都圏に比べ破格的に低いです。国土交通省の都道府県地価調査(2020年)によると、工業地は東京の約20分の1となっています。
同町と周辺自治体への進出を希望する企業が相次ぎ、工業地をはじめとする地価が急上昇しています。コロナ禍で、飲食店等が姿を消していく中、“バブルの様相”を呈しています。

半導体メーカーの存在
かつてより九州は、「シリコンアイランド」と呼ばれてきました。半導体関連企業が集積している背景があり、「関連産業へのアクセスの良さ」も進出の理由に挙がっています。更に半導体関連企業の進出が加速しています。

《課題》
  1. 人材の確保
  2. 交通渋滞の解消
  3. 子どもの教育
  4. 駐在員の住宅確保
  5. 地下水の保全等、環境対策

《現在の地元の状況》
  1. 人材育成、教育面の整備
  2. ・小中学校に日本語指導教室の拠点校を増設
    ・工業専門学校では、企業の技術者や大学の研究者等が講師を務める科目を設置
    ・「半導体教育・研究センター」を熊本大学大学院先端科学研究部に新設
    他、様々な取組みが検討実施されています。
  3. ハード面の整備
  4. ・赴任者、従業員の住居の建設
    ・インターナショナルスクールの建設
  5. 台湾との定期便創設の取組
  6. 熊本~台北便新創設
    熊本~高雄便復旧(コロナ禍により休航)
  7. 活発化する経済交流
  8. 両都市の銀行、各種企業間の交流及び業務提携
    他、様々な取組みが検討実施されています。

《新たな動き》
菊陽町の土地の多くは、農地を守るため開発が厳しく制限された農業振興地域に指定されています。そのため、企業進出に必要なまとまった規模の空いている土地がほとんどなく、県内の他の自治体で企業立地の誘致の動きが活発化しています。
豊富な地下水が誘致の呼び水になった一方、水資源が減少する懸念もぬぐえていません。県は、対策を強化する方針です。
TSMCは、日本で二つ目となる半導体工場の建設を検討しています。現在建設中の菊陽町周辺への立地が有力との見方も出ています。
地価が値上がりする中、地主が土地を手放す時期を見極めようとする動きも出ており、土地探しが難航しています。
台湾では、熊本工場で採用された技術者を対象にした研修が始まっています。

《最後に》
経済効果への期待が広がる一方、これを一過性に終わらせないためにも人材の確保、人材育成が最重要との声が大きく、人材確保・人材育成については、この先も続いていく最も重要な課題です。
半導体業界ではもともと人材が不足している中、TSMCの進出によって、現に業界では人材獲得競争がさらに激しくなっているとのことです。各社で、大卒の初任給を上げる等の人材確保についての対策が練られているそうです。行政においても、貴重な人材の都市圏流出を抑えることは必至です。TSMCの波及効果を最大化するには、本社がある台湾の成長の影に産学官連携の強さがあったように、この課題についても然りだと思います。
1月の後半に、この原稿作成に取りかかりましたが、ぐずぐずしていたら日に日に状況が進み、コラムに掲載される頃には、古い情報になっているかもしれません。いずれにしてもTSMCという「黒船」が、熊本を、九州を、ひいては日本の産業界を大きく変え、元気な日本に復活することを期待してやみません。
(TS)